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東京高等裁判所 昭和38年(ナ)15号 判決 1964年5月11日

原告 佐藤寅一

被告 新潟県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代理人は「被告が昭和三十八年四月三十日執行の新潟県西蒲原郡黒崎村議会議員一般選挙における当選の効力に関する審査の申立につき昭和三十八年八月五日なした裁決を取り消す。風間豊治の審査の申立を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告代理人は請求棄却の判決を求めた。

原告代理人は、

一、原告は新潟県西蒲原郡黒崎村の選挙人であり昭和三十八年四月三十日執行された同村議会議員選挙における立候補者である。

二、同村選挙管理委員会は右選挙において原告が二百十一票の得票を得て当選し、風間豊治が二百九票の得票を得て次点で落選したと判定した。

三、風間豊治は原告の当選を不服とし同委員会に異議の申立をしたが棄却され、被告に対し審査の申立をした。被告は原告の得票中の「ト一」と記載された二票を宗村藤市に対する投票と判定し、原告の得票は右二票を減じた二百九票であつて、風間豊治の得票と同数となるから両人につきくじを行つて当選人を定めるべきものであるとの理由で審査の申立を容れ「同委員会の決定を取り消す。原告の当選を取り消す。」旨の裁決を昭和三十八年八月五日なして告示した。

四、ところで、「ト一」の「ト」はトウ、トー、又はトオの省略されたものではなく、トウ、トー、トオのうちの下の一字、又はトラのうちの下の一字の脱落したものとみるべきである。そして、「ト一」の「一」はイチと発音し、宗村藤市の「イチ」の発音とも同一であるが、藤市の「市」に「一」を使用すれば誤字であり、原告は寅一であつて「一」は正しい文字である。従つて、トの次の一字が脱落している「ト一」の投票は字体からみて寅一の得票とみるべきである。

五、仮りに「ト一」が原告の得票でないとしても、「ト」の次の一字が脱落したもので、「トイチ」に類似する宗村藤市又は原告への投票であるから公職選挙法第六十八条の二により両者の他の得票数により按分すべきである。そうすると、宗村藤市の得票は三百二十票、原告の得票は二百九票であるから、右二票の原告の按分得票は〇、七九票であり、原告の総得票は二百九、七九票となり、風間豊治の二百九票の得票より多数となる。

六、従つて、原告の右裁決は違法であるから、その取消を求めるため本訴に及んだ。

と述べ、

被告代理人は、右第一ないし第三項の事実を認め、その余の主張を争うと述べた。

(証拠省略)

理由

原告主張の第一ないし第三項の事実は、当事者間に争いがない。

「ト一」と記載された二票の帰属について判断する。当審における検証の結果によれば、いずれも投票用紙に「ト一」と書かれ、その字体は極めて稚拙であつて、文字の読み書がようやくできる人がやつと書いたものであり、立候補者の名前に対するあて字であつて、「ト一」の発音に当る「トイチ」なる立候補への投票であり、「ト」の次の文字が脱落したものではなく、また、「市」と「一」と区別してことさらに「一」と書いたものでもないと認められる。そして「トイチ」なる名前に近似する立候補者は宗村藤市及び原告佐藤寅一の両名であることは、成立に争いない乙第一号証により認められるが、右両名のうち最もこれに近似しているのは宗村藤市であり、「ト一」は「トウイチ」すなわち「藤市」に対する投票であると認めるのが極めて自然である。

原告の主張は、いずれも右認定に反し理由がない。

従つて、本件裁決には主張のような違法の点はなく、その取消を求める本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 千種達夫 脇屋寿夫 渡辺一雄)

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